自分は何者でもない

僕たちが現実だと思っているものは
すべて解釈によって変わります。

事実さえも人の解釈によって変わります。

人は自分の枠を超えることができません。

自分の解釈で世の中を判断し、
その世界に生きてしまいます。

僕たちは自分はこういう者だと
固定してしまいますが、
本当は自分は何者でもありません。

勝手に思い込みにして解釈しています。

自分は成功している、失敗している、
愛されている、愛されていない、

いろんなことを言い出します。

それらは一時的な”状態”です。

そこに固定した解釈を
押し付けないことが大事です。

「自分は知ってる、わかっている」
は全部手放したがいいです。

知ってるつもり、わかっているつもりで
過去を解釈しているから、同じことを繰り返します。

僕たちはこれをいろんなところでやっています。

男女関係、恋愛関係、親子関係、仕事、

全てに出ています。

そこに気づかないと同じことが起きます。

寂しい、愛されない、、、。

恋愛、仕事でも同じことが起きます。

究極、この世界には何もないです。

自分が解釈を作り出しています。
自分の解釈のなせる技です。

人は、自分のことばっか。全部自分です。

だから超えることができません。

これを、なるべく人に与えるとか、
ベクトルを人に向けると、
それは結局、自分に返ってきます。

人に対して何ができるか?と考え始めると、
自分サイズを抜けていきます。

自分を越えようと思ったら、
自分以外になろうとせず、

自分を横において
相手を見つめてみましょう。

すると自然に流れます。

自分は何者でもない。

誰かの子供でもないし、
その瞬間にいるときは、
誰かの親でもないし、誰でもない。

結局、無なんだな、と。

無だから、なんでもできるし、
何にでもなれます。

原田正文